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2013.02.23
 藤田嗣治は、1910年代~1920年代にエコール・ド・パリの一員として活躍したパリを離れ、1930年からアメリカ、ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、ペルー、キューバなどへと放浪の旅に出たが、1933年に日本に帰国した。
 帰国後、藤田は、1934年に銀座聖書館のブラジル珈琲宣伝所壁画、1935年に大阪そごう百貨店特別食堂壁画、東京銀座コロンバン天井画を描いたが、その後出版された随筆集「地を泳ぐ」(1942年《昭和17年》、書物展望社[復刻:1984年《昭和59年》、講談社])の中で、壁画の制作について、

 「自分は、さきにブラジル珈琲店の壁画を描き、大阪十合の壁画を描き、今度銀座コロンバンの天井を描いたが、これについても画家の街頭進出を慫慂したいと思う」
 「画家が、いたずらに名門富豪の個人的愛玩のみに奉仕することなく、大衆のための奉仕も考えなければならないと思う。国民全部に、美術愛好と鑑賞の機会を、解放することに努力しなければならぬ」(1942年《昭和17年》、書物展望社、昭和10年付記述[復刻:1984年《昭和59年》、講談社])
と述べている。
 「地を泳ぐ」は昭和17年に出版されたが、この部分「壁画について」の文は、昭和10年付けで記述されている。(注 「地を泳ぐ」は、昭和17年に出版されたが、昭和8年から昭和16年にかけて藤田嗣治が新聞、雑誌に発表した随筆を集めている
 また、「コロンバン氏が、この挙を敢てして、銀座をして美術に眼を開かしめた功は、大いに讃ゆべきである」(同前)
とも述べており、前の記述は、昭和10年に完成した銀座コロンバン天井画を称賛する意味が込められていたと思われる。
 パリでは、自分の絵がサロンで一部の富裕層、愛好家を喜ばせていたに過ぎなかったことを省みて、

 「画家が、いたずらに名門富豪の個人的愛玩のみに奉仕することなく、大衆のための奉仕も考えなければならないと思う」(同前)
 「国民全部に、美術愛好と鑑賞の機会を、解放することに努力しなければならぬ」(同前)
と述べたものである。

 大壁画「秋田の行事」は、その後、1937年(昭和12年)に制作されており、「秋田の行事」を意識して書かれたものでないことは明らかである。

 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている「秋田の行事」は、P1010933 平野政吉美術館(2012年11月 晩秋)平野政吉が切り出した美術館建設構想を藤田が受け、そこに飾る壁画として描かれることになったものであり、支援者であり、依頼主の平野政吉個人に捧げる大壁画という色合いが濃い作品である。
 前述の珈琲店、百貨店食堂に飾るための壁画、天井画とは、明らかに意味合いが異なっている。
 「秋田の行事」の制作について、藤田嗣治は、「秋田の全ぼうが直ちに解る様に、あらゆる風俗又その時代的な意味に従って洩らさず描くつもり」(1936年《昭和11年》11月18日、「夕刊秋田」)とし、僅か15日間、合計174時間で描き上げた壁画を前に、「この大きさと時間の記録は、世界が終わるまで破られまい」「四百年後に、再びこの壁画の前に立ってみたい」(1983年《昭和58年》1月9日、朝日新聞「聞き書き わがレオナルド藤田」)と興奮し、語っていたとのことだ。スピード感、色彩の多彩さ、画面の構成、表現力など、それまでに培ってきた画技が発揮され、類稀なその能力と、世界一の画家であるという自負とその証明のための壁画制作であったと言えるのではないか。
 「画家が、いたずらに名門富豪の個人的愛玩のみに奉仕することなく、大衆のための奉仕も考えなければならないと思う」(1942年《昭和17年》、書物展望社、昭和10年付記述[復刻:1984年《昭和59年》、講談社])と語ったブラジル珈琲宣伝所壁画やコロンバン天井画の制作時とは、別の次元の歴史に自らの名を残すという意味が込められていたと言えるだろう。
 また、完成した作品には、「為 秋田平野政吉 嗣治 Foujita 1937 昭和12年 自二月廿一日 至三月七日 百七十四時間完成」と署名されている。
 非常に稀な為書があることからも、平野政吉個人のために制作された作品であったことが分かる。
 平野政吉は何と、全国のすべての道府県の壁画を藤田に描いてもらい、長屋形式の美術館を建て、その前に線路を敷き、訪れた人がトロッコに乗り、楽しんでもらうという、途轍もない壮大な計画を持っていたというが、「棒ほど願って、針しか残らなかった」と生前語っていたとのことである。
 平野政吉は「秋田の行事」が完成した翌年に「私一人だけの宝ではない。世界の財産をみんなに見てもらいたい」と、早速、美術館建設に着手しているが、戦時中の鉄材使用制限のため、已む無く断念に至っている。紆余曲折の末、29年後の1967年に、秋田県民の大きな期待と祝福の中、念願の現秋田県立美術館(平野政吉美術館)が開館したのである。

 秋田県がウェブサイトで、新県立美術館建設の理由として、現県立美術館が入館者が少なく、「藤田画伯の思い『画家は大衆のための奉仕も考えなければならない。画家の街頭進出を大いに奨励したい』とはかけ離れた状況」(県ウェブサイト)であると言っているが、藤田が銀座コロンバン天井画の完成を称えて述べた言葉を引用し、入館者数と現県立美術館の建物を結びつけたものであり、こじつけである。美術館の入館者数は、広報宣伝の問題である。

 新県立美術館建設の真の理由は、再開発地区に新美術館を建て、現美術館跡地に他の施設を新築(現在は、現美術館の建物は残し、他の施設を移すに変化か)すると言う土建屋的な発想の理由でしかない。



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        P1010726 平野美術館(9-14)


藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)





 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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    昭和30年代の生まれ。
    秋田生まれ、東京都内で
    美術関連の職に就く。
    秋田市在住。
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