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2012.03.30
 千秋公園の堀を覆っていた雪もすっかり消え、春の訪れを感じさせる。堀の水面を前景にして、平野政吉美術館は優美に佇んでいる。75年前の3月7日、藤田嗣治は秋田の地で、秋田の全貌を描いた壁画(後に「秋田の行事」と呼ばれる)を完成させた。画面には、昭和12年(1937年)当時の秋田が、生き生きと鮮やかに描かれている。「秋田の行事」完成から30年の歳月を経て、完成された平野政吉美術館。平野政吉と藤田嗣治の思いが込められたこの美術館で、これからも「秋田の行事」を鑑賞し、二人の思いを感じたいものだ。この貴い美術館を、次の世代にしっかりと伝えていきたい。


P1010264 平野政吉美術館(春)800x600

P1010275 平野美術館(春)800x600


P1010271 平野美術館(春)800x600

P1010288 平野美術館(春)800x600

P1010287_01 平野美術館(春)800x600


P1010292 平野美術館(春)800x600


P1010262 平野美術館(春)800x600





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18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4
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美術館と自然光 2 … 軽井沢千住博美術館の場合


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        P1010726 平野美術館(9-14)


藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)





 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」



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  • 2012.03.30(00:00)|文化||TOP↑
    2012.05.18
     うららかな春の景色の中に佇んでいる平野政吉美術館の風景を紹介します。春の日ざし、桜花の中で、平野政吉美術館は優雅な姿を見せています。収蔵されている大壁画「秋田の行事」を始めとした 藤田嗣治作品とともに末永く後世に伝えていくべきである。


    P1010349 平野美術館(春-4月)


    P1010341 平野美術館(春-4月)


    P1010326_01 平野美術館(春-4月)


    P1010328_01 平野美術館(春-4月)


    P1010312 平野美術館(春-4月)


    P1010322 平野美術館(春-4月)


    P1010316 平野美術館(春-4月)


    P1010313 平野美術館(春-4月)

    (4月25日撮影)


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            P1010726 平野美術館(9-14)


    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
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    (2015年9月)



    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
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    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

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    (2014年2月)





     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)



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  • 2012.05.18(01:20)|文化||TOP↑
    2012.05.31
     新緑に囲まれた平野政吉美術館と千秋公園に咲くつつじの風景を紹介します。
     新緑の木々の中に平野政吉美術館は調和し、優美に佇んでいます。平野政吉が生涯を懸け建てたこの美術館を、収蔵されている藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」を始めとした平野コレクションとともに末永く後世に伝えていくべきである。 


    P1010358 平野美術館(5月)
    新緑に囲まれた平野政吉美術館


    P1010412_01 平野美術館 門(5月)
    平野政吉美術館の門付近


    P1010370 千秋公園の堀(5月)
    千秋公園の堀端のつつじ


    P1010427 平野美術館(5月)
    中土橋から見た平野政吉美術館


    P1010411 平野美術館 丸窓(5月)
    平野政吉美術館の丸窓


    P1010467 千秋公園 つつじ(5月)
    千秋公園内のつつじ


    P1010448_01 平野美術館(5月)
    平野政吉美術館正面



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            P1010726 平野美術館(9-14)


    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
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    (2013年8月31日)




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    (2013年8月1日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
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  • 2012.05.31(23:55)|文化||TOP↑
    2013.04.01
     千秋公園の堀の雪もすかっり消え、春の訪れを感じさせる平野政吉美術館の風景をご紹介します。堀の背後に優美に佇む美術館と館内に収蔵、展示されている藤田嗣治の「秋田の行事」は、どちらも秋田の誇れる文化遺産、昭和遺産であり、未来へと残すべきものである。平野政吉と藤田嗣治が歩んだ「昭和」という一時代を伝えてくれる貴重な証でもある。



    P1011108 平野政吉美術館(2013年3月)


    P1011121 門付近から見た平野政吉美術館(2013年3月)


    P1011139 平野政吉美術館(2013年3月)


    P1011113 大手門の堀と平野政吉美術館(2013年3月)


    P1011104 穴門の堀から見た平野政吉美術館(2013年3月)




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    藤田嗣治「秋田の行事」の魅力
    藤田嗣治「中南米の旅」から「秋田の行事」へ
    藤田嗣治「秋田の行事」と平野政吉美術館は一体の文化遺産
    提言:新秋田県立美術館は、収蔵作品を持たない企画展に特化した美術館にすべきである。
    現秋田県立美術館の展示室が優れているこれだけの理由






            P1010726 平野美術館(9-14)


    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

    (参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
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    新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

    以前より展示室が狭くなった。
    「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
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    (2014年2月)





     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
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     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)



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  • 2013.04.01(06:00)|風景||TOP↑
    2013.09.01
    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている「秋田の行事」の展示状況
     この壁画のために設計された展示室は、上方から自然光が入り、大壁画の雄大さ、迫力を堪能できるゆったりとしたスペースである。

    秋田の行事
    (http://www.hokkaido-np.co.jp/cont/leonardfoujita_tabi/33710.html)


    屋根に付けられた丸窓から自然光を館内に採り入れている状況
     なだらかな曲線の壁面に反射しながら、大壁画「秋田の行事」に柔らかく自然光が降り注いでいる。
    平野政吉美術館の内部(天井)-2
    (http://weekly-akita.net/?day=20100311)


    春日の平野政吉美術館の風景

    P1010002_06 平野政吉美術館(2013年4月)


    P1010022 平野政吉美術館(2013年4月)


    P1010018 平野政吉美術館(2013年4月)


     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、藤田嗣治と出会い、藤田作品のコレクターとなった平野政吉の夢が実現した美術館である。

     藤田はこの美術館のために、巨大壁画「秋田の行事」を描き、床から6尺(1.8メートル)上げ、両端を少しせり出して展示するよう指示した。
     そして、美術館の採光を、ランスのフジタ礼拝堂(平和の聖母礼拝堂)と同じ、自然光を採り入れた形式にしてくれと、平野に伝えた。

     今、フジタは、自ら設計したフジタ礼拝堂(平和の聖母礼拝堂)で静かに永遠の眠りについている。

     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、平野政吉の夢の美術館であり、フランスでその生涯を終えたレオナール・フジタ(藤田嗣治)の尊い思い、祈りが込められた美術館である。

     この美術館は、後世の人々に末永く伝えるべき美術館である。

     この美術館を閉館にすることは、藤田嗣治と平野政吉の交友の歴史に幕を閉じることと同じである。

     そのような愚かなことはすべきでないだろう。



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            P1010726 平野美術館(9-14)


    藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
    1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
    1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

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    (2015年9月)



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    以前より展示室が狭くなった。
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    階上の左右から見ることが出来なくなった。
    照明の照り返しがきつい。
    2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
    展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
    以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
    新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
    あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

    などの声が上がっています。
    (2014年2月)





     「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
    (2013年8月31日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
     平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
    (2013年8月1日)




     現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
     

     ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
    (2013年5月15日)



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    現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」



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  • 2013.09.01(08:00)|未分類||TOP↑
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    昭和30年代の生まれ。
    秋田生まれ、東京都内で
    美術関連の職に就く。
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