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2012.01.13
 藤田嗣治が1946年(昭和21年)~48年(昭和23年)の3年を費やして制作した、「優美神」という作品がある。三人の裸体の美女を描いた作品で、藤田の他の作品と比べると、緻密に写実的に描かれており、藤田ならではの線描の美しさなどがよく現われている傑作だ。優美を象徴する三人の女神は、藤田と関わりのあった、フェルナンド・バレー、ユキ、マドレーヌとも言われている。速筆で知られる藤田としては異例の歳月を費やした作品でもある。この作品は平野コレクションの代表的な作品で、かつて平野政吉美術館に展示されてあったが、今はない。経緯は不明だが、平成10年に売りに出され、現在は、関東のある大学の所蔵となっている。この作品を入手した当時、平野政吉はこの作品のために、家屋敷を抵当に入れ、借金までして手に入れている。平野は戦後の農地改革で祖父から受け継いだ資産をほとんど失っていたのだ。P1010124 平野美術館(初冬)800x600.jpg
 この作品は平野政吉が生前、とても自慢にしていた作品で、美術的評価も高く、今、平野政吉美術館にあれば、「秋田の行事」と並ぶ秋田の貴重な文化的財産になっていた作品である。
 平野政吉は、収集した作品が秋田から散逸しないことを願い、美術館を建設したのだが、平野の意に反し、秋田から散逸し、失われてしまったのだ。

 新県立美術館が建設され、そこに平野政吉コレクションを移そうという計画が進められているようだ。平野政吉が建てた美術館から平野が収集したコレクションを移すことは、一つの文化としての纏まっている形を壊す、文化の破壊である。特に、大壁画「秋田の行事」を移転するのであれば、現美術館に搬入した際の経緯からも分かることだが、美術館の側面を壊さなければならないことになり、そのまま現美術館の建物を壊すことに直結する。
 平野政吉美術館は、平野政吉が多くの苦難を経て29年の歳月を懸け完成させ、交友のあった藤田嗣治のアドバイスが随所に採り入れられている貴重な美術館である。移転、移設により「秋田の文化」が失われることがあってはならない。
 
 先の「優美神」と同じように先人の残した貴重な文化的財産は、今に生きる我々の愚かさによって直ぐに失われてしまうものだ。
 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)からの藤田嗣治作品の移設は、平野政吉が築き上げた「文化」を壊すことであり、実行すべきではないだろう。


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        P1010726 平野美術館(9-14)


藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)





 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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  • 2012.01.13(16:22)|文化||TOP↑
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    昭和30年代の生まれ。
    秋田生まれ、東京都内で
    美術関連の職に就く。
    秋田市在住。
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