秋田の文化遺産を考える文化
> 18年ぶりの再会、念願の美術館建設の実現 … 平野政吉と藤田嗣治の交友の歴史 4

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2011.10.25
 1966年(昭和41年)5月、平野政吉は藤田嗣治(レオナール・フジタ)に会うため、パリ郊外のヴィリエ・ル・バークルにある藤田の家に向かっていた。美術館建設の報告のためであった。
 藤田がフランスに戻る前年の1948年(昭和23年)に会って以来、18年ぶりの再会に二人は固く握手をした。
「悲願の藤田美術館がようやく建ちます」
「長い歳月でしたね。ほんとうにおめでとう」
 藤田は初期の作品の寄贈を申し出るなど、喜んだ。しかし、翌日、藤田から予期せぬ電話が入った。
「昨日の話はなかったことにしてくれ」
 夫人の反対があった様子だった。平野政吉は止む無く納得した。その代わり、美術館の名称を「藤田嗣治美術館」にするという藤田との長年の約束を撤回したのだった。

 平野政吉が、美術館を建設するまでの道のりは長かった。大壁画「秋田の行事」が完成した翌年、1938年(昭和13年)に、秋田市八橋で建設に着手したが、戦時の鉄材使用制限のため止む無く中断となった。戦後は、農地改革によって多くの資産を失い、独力での美術館建設が困難になったが、財団法人を設立し、公的な美術館にすることを考え、官民一体の建設実行委員会を発足させ、美術館建設を実現させることになった。建設には県民の寄付金(当時の金額で、2000万円)、国庫補助金(同、1500万円)、平野政吉の私財(同、5000万円)も充てられ、29年の歳月を経て1967年(昭和42年)5月5日、悲願の美術館を完成させた。P1010589 平野政吉美術館800x600秋〇.jpg

 秋田県立美術館(平野政吉美術館)開館の日、平野政吉は、「16才から58年間、一途に集めてきた作品だけに愛着があり、藤田画伯も秋田に『新しい奈良』を築きなさいと私に語っていた。私としてはどうしても秋田の地に飾りたかった。こどもの日を期して皆さんにお見せ出来るのにはうれしい意義がある。これからの若い人達にこれを見てもらって学んでいただき、優れた美を表現してほしいと念願しているからだ。私の願いを受けてくれた県民にお礼を申したい」と挨拶した。
「生まれ育った秋田の地に、私の集めた『文化』を残す」という長年の夢が実現した瞬間であった。

 平野政吉が藤田を訪ねた際、藤田は美術館のこけら落としへの招待に乗り気であったというが、夫人の反対で実現しなかった。しかし、藤田は貴重なアドバイスをしてくれた。美術館の採光形式と「秋田の行事」の展示方法についてであった。
「美術館の屋根は、ランス礼拝堂のような採光の形式にしてくれ」(注)
「壁画は床から6尺(約1.8メートル)上げ、両端を少しずつせり出して据え付けるように」
藤田はどういう採光がよいか、展示の形がベストなのかを考えていてくれたのである。

 平野政吉の訪問後、しばらくして藤田は美術館の完成を知り、名称が「藤田美術館」ではなくなっていたことに憤り、その後、平野政吉との交際を絶ったと伝えられている。

 しかし、平野政吉が、「秋田の行事」の制作依頼のほか、マドレーヌの葬儀費用の工面や、藤田のために東京・麹町に住居、アトリエを新築したり、1946年(昭和21年)から3年掛かりで完成させた傑作「優美神」やゴヤのエッチング41点を購入し、藤田の渡航を助けるなど、フランス、ヨーロッパなどの海外での評価とは裏腹に日本で不当に低く評価されていた藤田嗣治を物心両面で支えた人物であったことは紛れもない事実である。

 二人が交際を絶ったいう約1年8ヵ月は、二人の長い交友の歴史の中でほんの僅かな期間であり、小さな出来事にしか過ぎないと言える。

 もし、藤田が美術館のこけら落としに出席し、秋田を訪れていたら、名称は「藤田嗣治美術館」になっていたかも知れない。 

 藤田美術館の名称は実現しなかったが、「平野政吉美術館」が、平野政吉と藤田嗣治の尊い魂が込められた貴重な美術館であることは、疑いのない事実であり、秋田の貴重な文化遺産として末永く後世に伝えていくべきである。


(注) 当ブログ著者が、2011年(平成23年)12月6日、平野政吉美術館にて確認したところ、美術館の屋根の丸窓から展示室に降り注ぐ自然光が、現在、設置された仕切りで遮られています。藤田嗣治が助言した自然光の採光形式にすべきと考えます。



 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の建設、竣工当時の写真がユーチューブで公開されておりましたので、紹介いたします。


秋田県立美術館(平野政吉美術館)竣工写真 



秋田県立美術館(平野政吉美術館)地鎮祭・定礎式
当時の小畑勇二郎秋田県知事、平野政吉の姿も見えます




秋田県立美術館(平野政吉美術館)工事写真




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        P1010726 平野美術館(9-14)


藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)





 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」





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  • 2011.10.25(17:55)|文化||TOP↑
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    Author:akitabunka

    昭和30年代の生まれ。
    秋田生まれ、東京都内で
    美術関連の職に就く。
    秋田市在住。
    性別 : 男

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