秋田の文化遺産を考える文化
> 美術館と自然光 2 … 軽井沢千住博美術館の場合

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2011.12.20
 今年10月10日、魅力的な美術館が、長野県軽井沢町にオープンした。金沢21世紀美術館の設計(妹島和世氏とのユニット、SANAA)でも有名な建築家の西沢立衛氏が設計した「軽井沢千住博美術館」である。館内には、日本画家・千住博氏が、1978年から2011年にかけて制作した約100点の作品が所蔵されている。
 千住博氏は、1995年に開催された第46回ヴェネチア・ビエンナーレ絵画部門で東洋人として初めての名誉賞を受賞するなど、世界的に注目されている日本画家だ。
 千住氏が自ら開館に合わせ選んだという、流れ落ちる水を表現し描いた「滝のシリーズ」、新作「ウォーターホール」などの作品が展示され、千住氏の画業を写真や映像で紹介するギャラリー館も併設されている。
 この美術館は「森の中を歩いているように、自然光で作品を見てもらいたい」という千住氏の意向で、美術館の周囲はガラスが多用されている。館内にはガラスを隔てて外部とつながるスペースも設置され、美術館の周囲の樹木、草花を見ることができる。また、館内のガラスは作品に配慮し、紫外線をカットする特殊加工のものが使用されている。
 千住博氏と西沢立衛氏のコラボレーションによるこの美術館は、自然光に満ち溢れた空間の中、展示された作品と周囲の風景が調和して繋がるよう配慮され設計されている。西沢氏によると「軽井沢の風景や緑、光が室内に柔らかく入ってきて、軽井沢の自然と千住さんの芸術が、融合し調和します」とのこと。
 自然光を積極的に採り入れ、周囲の自然と千住博氏の作品との融合を計った魅力溢れる美術館である。


ユーチューブより



 近年の技術革新により、紫外線をカットできる紫外線カットガラスができ、美術館でも紫外線を気にせず自然光を採り入れることが可能になっている。
 そのため、現在は自然光が館内に降り注ぐ、明るく開放的な美術館が多くなってきているようだ。
 2007年1月21日に東京・六本木にオープンした国立新美術館(設計、黒川紀章)もガラスの外壁面(カーテンウォール)が美しく、館内には自然光がふんだんに降り注いでいるが、館内のガラスには日本で開発された赤外線と紫外線を吸収するための特殊コーティングが施されている。

 フランス・パリのルーブル美術館でも、レオナルド・ダ・ヴィンチ の「モナ・リザ」を始め、500年以上前に描かれた絵画も自然光に溢れた環境の中で展示、鑑賞されている。


ユーチューブより



ルーブル美術館 内部 の画像(Google画像検索)
 


 秋田市の平野政吉美術館(現秋田県立美術館)は、藤田嗣治のアドバイスにより、藤田が最後に制作したランス礼拝堂(平和の聖母礼拝堂)と同じ採光形式 ― 美術館の屋根の丸窓から自然光を採り入れた採光形式 ― になっている。(注、著者が数週間前に訪れた際、天井に自然光を遮る仕切りを設置しているのを確認)
 天井高18メートル、広さ500㎡の展示室の大空間、上方からの柔らかな自然光は、藤田嗣治の大壁画「秋田の行事」(高さ3.65メートル、幅20.5メートル)の魅力を引き出すうえで、非常に有効なものだ。もし、丸窓からの紫外線を懸念する場合は、紫外線カットガラスや、ガラスに紫外線を吸収するためのコーティングを施すことで対応できる。
 この藤田のアドバイスによる「秋田の行事」の鑑賞空間は、これからも秋田の文化遺産として後世に伝えていくべきである。


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藤田嗣治「秋田の行事」の魅力



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        P1010726 平野美術館(9-14)


藤田嗣治は、壁画「秋田の行事」が完成した当時から、美術館は、自然光による採光形式にしたいという意向を持っていた。
1963年、平野政吉の親族に渡した美術館のイメージ図にも、壁画を大空間に展示し、上方から自然光を取り入れるよう描かれている。
1966年5月、美術館建設の報告に訪れた平野政吉に、美術館の屋根は採光の形式にするよう、助言している。

(参照 … 発見された「幻の藤田美術館」の設計図と、現県立美術館への藤田の助言を示すメモと手紙
平野政吉美術館(秋田県立美術館)の採光について
開催中の企画展「藤田嗣治の祈り 平野政吉の夢」 …… 「なぜ この美術館が閉館なのか?」という疑問

(2015年9月)



新県立美術館に移された「秋田の行事」を観た方々から、

以前より展示室が狭くなった。
「秋田の行事」が、窮屈で縮んで見える。
階上の左右から見ることが出来なくなった。
照明の照り返しがきつい。
2階から見ると目線から高すぎる。3階から眺めると壁画が低すぎる。
展示室に奥行きがなく、この壁画の迫力が全く感じられない。
以前は圧倒するほどの存在感があったが、この絵の輝きが失われた。
新しい建物の現代的な感じと秋田の行事が違和感ある。
あそこへ行きさえすれば、という大きな拠り所が失われた。

などの声が上がっています。
(2014年2月)





 「秋田の行事」は8月31日に、平野政吉と藤田嗣治が一体となり建てた現県立美術館(平野政吉美術館)から移設されました。これは、世界に誇れる貴重な文化遺産を崩壊させる、非常に愚かな行為であり、一秋田県民として、強く非難致します。
(2013年8月31日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、建物を活用を検討していながら、2013年6月30日で閉館扱いとなりました。
 平野政吉と藤田嗣治が一体になり、実現させた現秋田県立美術館(平野政吉美術館)は、後世の人々、美術愛好家、若者達、藤田嗣治ファンのためにも残すべきです。
(2013年8月1日)




 現秋田県立美術館(平野政吉美術館)の大展示室は、「秋田の行事」のためにレオナール・フジタ(藤田嗣治)が教示した展示室です。
 

 ― 藤田は、「秋田の行事」を礼拝堂のような大空間で観るよう助言し、建物の上方から自然光を採り入れ、壁画に降り注ぐよう助言しました。また、壁画を床から1.8メートルの位置に上げ、両端を少しずつせり出して据え付けたのも、臨場感を狙い、藤田がこの絵に最も良い展示方法を指示したものです。藤田の理念が強く反映されている美術館、展示室は後世に伝えていくべきです。
(2013年5月15日)



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秋田県立美術館(平野政吉美術館)の閉館、大壁画「秋田の行事」展示室の閉鎖及び「秋田の行事」、藤田嗣治作品の移転について
美の巨人たち 藤田嗣治 「秋田の行事 」 ― 視聴出来なかった秋田県の方々に、一部誌上再現!
現秋田県立美術館(平野政吉美術館)に展示されている藤田嗣治「秋田の行事」





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  • 2011.12.20(02:55)|文化||TOP↑
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    Author:akitabunka

    昭和30年代の生まれ。
    秋田生まれ、東京都内で
    美術関連の職に就く。
    秋田市在住。
    性別 : 男

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